三好甫先生の足跡

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      故 三好甫先生

 三好さんは、聡明にして博識であり、強い責任感と強力な指導力に、先輩、後輩を問わず、多くの人から信頼と尊敬を寄せられていました。また、研究のみならず多くの課題について、それに内在する解決が困難な問題を鋭い洞察力を持って、大胆かつ果敢に挑戦され、業務を遂行されました。また文学や音楽といった芸術に関しても深い造詣を持ち、さらには、山登り、野球などを通じて自然やスポーツも愛されてきました。
 航空宇宙技術研究所および(財)材料科学技術振興財団、(財)高度情報科学技術研究機構、宇宙開発事業団地球シミュレータ研究開発センター、海洋科学技術センター地球シミュレータセンターにおいて重責を担われました。航空宇宙分野をはじめとする数値シミュレーション技術を先導し、そのために必要な基盤技術の研究、開発を推進すると共に、我が国のハイパフォーマンスコンピューティングにおけるハードウエアおよびソフトウエアの開発のリーダーとして、常に最先端のスーパコンピュータの開発を行い、我が国の計算機開発、計算流体力学(CFD)など数値シミュレーション分野の研究基盤を世界的に競争力のあるものとするなど、多大な貢献をされました。


<主な功績>

(1)航空宇宙分野の非線型現象の研究

 早くから数値シミュレーション技術が航空宇宙開発のための不可欠な手法となることを見抜き、非線型偏微分方程式の数値解法の研究を進め、そのプログラムの開発を行い、数値シミュレーション技術の基盤を作り上げました。さらに、信頼性の高い、設計に利用可能な汎用アプリケーションプログラムの開発研究を強力に進め、CFD技術を航技研のコア技術の一つに育て上げました。

(2)日本初のスーパコンピュータの開発

FACOM230-75APU
     FACOM230-75APU
出典:FUJITSU Vol.29 N0.1 (1978), p.96

FACOM_VP400
        FACOM_VP400

 昭和49年頃から、航空宇宙技術の研究では、大規模計算を高速で行う必要性が高まってきました。1命令で大量のデータが計算できるパイプライン方式の計算機ができれば、航技研の要求を満足できるという構想のもとに、昭和51年8月に富士通と共同で我が国最初の超高速計算機「FACOM 230-75APU」の開発を行い、成功させました。同機は我が国におけるスーパコンピュータの原形とも言えるもので、スーパコンピュータの第一号機である米国クレイ社のCRAY-1とほぼ同時期に稼動しました。同機の実現は我が国における計算機のハードウエア面での諸外国に対するハンデキャップを大幅に縮小させました。

(3)数値シミュレータ I 「FACOM VP4 0 0 」システムの導入
 FACOM 230-75APUの開発、運用経験から、スーパコンピュータによる数値シミュレーション技術の有用性に確信を持ち、「1GFLOPS, 1GBの計算機」の実現を目指した数値シミュレータ計画を立案し、スーパコンピュータの開発を計算機業界(富士通、日本電気、日立製作所)に呼び掛け、海外(クレイ、CDC)に対しても説明を行い、FACOM VP400、SX-2が開発される契機となりました。この結果、国内各社が一斉に開発した最上位機種はクレイ社の最上位機種を凌ぐものとなり、スーパコンピュータ市場における我が国の競争力の源となりました。VP400の導入により、エンジン付きの全機形状に対する三次元粘性流のシミュレーションが世界に先駆けて可能となり、航技研はハードウエアのみならず、CFD研究というソフトウエアにおいても名実共に世界のトップに並ぶこととなったわけです。そのことは、日米共同開発研究ですすめられていた「YXX計画」において、「主翼空力設計における粘性流シミュレーションの適用」が日本側で実施する課題に挙げられ、その結果はボーイング社により高く評価されました。

(4)数値シミュレータ I I 「数値風洞」システムの導入

NWT
       数値風洞(NWT)

 スーパコンピュータの開発における性能向上は目覚ましいものがありますが、これはアプリケーション側の強い要求がその進歩を加速させるという信念のもとに航空宇宙分野の数値シミュレーションをさらに発展させ、実用化に向けた「数値風洞(NWT)」の開発に着手しました。その目標は、(1)クリーンな全機形状のシミュレーションを10分以内で、(2)付属物のついた完全全機形状のシミュレーションが実用範囲の時間で可能なこと、とし、これはVP400の100倍以上の性能を必要としました。このような計算機を実現するには、分散主記憶型の並列計算機とすること、要素計算機(PE)にベクトルコンピュータ(当時のスーパコンピュータの代名詞ともいえる)を用いること、PEが高速なので少ない台数で済むこと、高速で自由度の高いネットワークが採用できること、CFD研究者も並列プログラミングが容易になること、さらに運用面でも負担が少ないこと等を指摘し、世界でも始めての試みである、「並列ベクトル計算機」をNWTとして富士通と共同開発しました。平成5年2月に航技研に導入された140台の要素計算機からなるNWTシステムは、ピーク性能が236GFLOPSで、ドンガラ博士によるLINPACK試験でも124.5GFLOPSという実効性能を実現し、世界で始めて100GFLOPSを超えました。平成6年にNWTの開発とこれを用いたCFDシミュレーション(乱流の直接シミュレーション)の総体が、米国電機電子学会(IEEE)の並列計算機の利用に関するゴードンベル賞で「性能部門特別賞(Honorable Mention)」を受賞しました。さらに平成7年には、山形大学との共同研究で進めていた量子色力学(QCD)シミュレーションで、翌平成8年にはエンジン圧縮機の全周シミュレーションにより同賞「性能部門賞(Winner)」を受賞しました。競争の激しい計算機の分野で同一の計算機が3年続けて受賞するということは、この計算機が如何に時代を先取りしたものであったかを示すものであります。

(5)地球シミュレータの開発

ES
          地球シミュレータ(ES)

 「数値風洞」の成功の後、より高速な計算機開発構想は平成7年度頃から「地球シミュレータ」と呼ぶ計算機開発として具体化していきました。地球シミュレータ構想では、地球温暖化やエルニーニョ現象など地球規模で生じる複雑な諸現象を数値シミュレーションにより解明することが目的で、特に、大気大循環モデルでは、当時、赤道上で100km間隔の格子での数値シミュレーションであったものを、10kmの間隔まで精度を上げるため、既存スーパコンピュータの約1000倍の実効性能を達成するハードウエア開発を目標としました。 これを達成するためには、最高性能40テラフロップス、主記憶容量10テラバイトを持つ共有/分散主記憶型並列計算機を設計すると共に、LSI技術やパッケージング技術の開発予測を正確に行い、世界で初めて5000万トランジスタ、1チップベクトルプロセッサの開発を目標に掲げました。また、結合ネットワークには自由度の高い、高速なクロスバスイッチを採用しました。 地球シミュレータの開発プロジェクトを具体的に推進するため、システム開発経費約400億円が、旧科学技術庁によって平成9年度から平成13年度にかけて確保され、この予算は同庁所管の法人(宇宙開発事業団、旧動力炉・核燃料開発事業団、日本原子力研究所及び海洋科学技術センター)に計上されました。「地球シミュレータ研究開発センター」がこれらの法人によって創設され、精力的にプロジェクトチームを推し進めました。地球シミュレータは計画どおり平成14年2月末に完成し、大気大循環モデルを実効性能5テラフロップスで走らせるという具体的目標を大幅に上まわる26.6テラフロップスを達成しています。また4月には、LINPACK試験で35.6テラフロップスの世界最高速を達成しました。これは、NWT開発で獲得した世界一の座を米国ASCI計画に譲り渡して以来、再び世界一の座を日本に取り戻す結果になりました。

 さらに、並列化ソフトウエアにおいても先導的な役割を担われ、NWTのプログラミング言語である、NWT−Fortranの開発を行い、航技研で成功させました。さらに、高度並列化プログラミング言語ハイバフォーマンスフォートラン(HPF)に対し、応用ソフトウエアユーザを中心とした日本版HPF仕様策定のための組織を主宰し、より性能の高い独自の付加仕様を実現するに至りました。

〜 数値風洞成果報告集(2002/10/22 (独)航空宇宙技術研究所CFD技術開発センター発行)より引用 〜