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一般報告

非定常粘性流の数値シミュレーション技術に関する研究

九州大学大学院
磯貝紘二

1.はじめに

 世の中には、航空分野をはじめ、流体の剥離現象が支配的な役割を演じる非定常現象が多く存在する。例えば、航空機の分野では、翼の破壊的な自励振動現象であるフラッタ現象の中に、ストール・フラッタやショック・ストール・フラッタと呼ばれる現象がある。ストール・フラッタは翼が大迎角になって失速角を越える付近で発生するもので、流れの剥離を伴はない所謂「曲げ・捩れフラッタ」とは異なり,曲げまたは捩れのみの自由度を持つ1自由度のフラッタである。このフラッタの特徴は、曲げ・捩れフラッタより、発生動圧が著しく低いことである。一方、遷音速領域では、翼面上に衝撃波が発生し、これがある程度強くなると衝撃波の根元から境界層が剥離する所謂衝撃剥離が発生する。これが原因でショック・ストール・フラッタと呼ばれる1自由度フラッタが起こる場合がある(文献1参照)。この現象は、衝撃波と境界層の複雑な非定常干渉によって支配されている。航空機以外の分野の例では、例えば、ホバリング飛行を行う昆虫の羽根のまわりの流れは、常に流れの剥離が起こり,昆虫はこの流れの剥離に伴って発生する強い渦を積極的に利用してホバリングするための揚力を得ていると考えられている(文献2参照)。また、鳥は羽根の羽ばたき運動によって抵抗に打ち勝つための推進力と自重を支えるための揚力を同時に生成して飛んでいる。後述するように、羽根の羽ばたき運動によって誘起される誘導迎角(または有効迎角)は、失速角を容易に超えてしまう。このため、鳥の羽ばたきによる高効率飛行のメカニズムを解明するためには、流れの剥離現象を考慮した解析が重要であることが指摘されている(文献3参照)。
   以上、例を示したように、流れの非定常的な剥離が、支配的な現象が多く存在し、これらの現象の予測あるいはこれらの現象の空気力学的なメカニズムの解明のためには、複雑な非定常剥離現象が取り扱える唯一の解析的な手段であるナビエ・ストークス方程式に基づく数値シミュレーションコードの開発が不可欠である。筆者らは、2次元および3次元の非定常圧縮性ナビエ・ストークス・コードを開発すると共に、それらを前述のような大規模な剥離現象が支配的な種種の応用問題に適用し、現象のメカニズムの解明や空力弾性現象の予測等を行ってきた。非定常の剥離現象の数値シミュレーションには、定常問題と異なり、膨大な計算時間がかかる。したがって本研究は大部分、航空宇宙技術研究所との共同研究の元で、数値風洞(NWT)を用いて行われた。その成果の詳細については、文献4に報告したが、ここでは、そのうちの幾つかの代表例について、概要を述べる。

2.2次元非定常圧縮性ナビエ・ストークス・コードの開発

 基礎方程式は2次元圧縮性ナビエ・ストークス方程式である。任意の非定常運動を行う翼まわりの差分格子 は以下の手順で生成する。すなわち,まず,時間平均位置における翼まわりにC 型格子を生成する。次に、 任意の時刻tにおける格子は、既に求めた時間平均位置におけるC 型格子の全体を、翼の時間平均位置から のずれの分だけ単純にシフト(平行移動)させるとこによって生成する。このような手法をとることによっ て、各時間ステップごとの格子生成時間を大幅に短縮することができる。翼面の境界条件には、no slip 条 件を与える。差分スキームとしては、Yee and Harten のTVD(Total Variation Diminishing)スキーム (文献5参照)を用いている。また、レイノルズ数が 105 以上の計算ではBaldwin and Lomaxの乱流モデル (文献6参照)を用いている。本コードを用いて以下のような研究を行った。

2.1 連成モードで振動する翼まわりの非定常粘性流の数値シミュレーション

 鳥の翼の羽ばたき運動は、スパン方向のある代表翼断面の運動に注目すると、それが、上下振動とピッチング振動がある位相差を持って連成した運動であることがわかる。過去にこのような運動をする2次元翼による推力発生のメカニズムについてポテンシャル理論に基づく研究が多くなされてきた。しかしながら、実際の鳥の羽ばたき運動の観察からも明らかなように上下振動もピッチング振動も大振幅で行われ、これらの運動によって誘起される有効迎角は、静的な失速角を容易に超えてしまう。したがって、流れの剥離現象を予測できないポテンシャル理論には限界があり、鳥の高効率推進のメカニズムを明らかにするためには、粘性を考慮した解析が不可欠である。本研究では、開発した2次元圧縮性ナビエ・ストークス・コードの応用例として、羽ばたき運動する2次元翼まわりの非定常粘性流を解析し、特に、非定常失速現象が推進力や推進効率に与える効果を明らかにした(文献7を参照)。

2.2 ホバリングするトンボの羽まわりの非定常粘性流の数値シミュレーション (参考文献2参照)

 トンボは機軸(体の軸)を水平に保ったまま、空中の一点に静止する(ホバリング)することができる。何故このようなことが可能なのか、その空気力学的なメカニズムは、過去に多くの実験的,理論的研究がなされて来たにもかかわらず十分には解明されていない。特に、トンボは2対の羽根を持っているが,この2対の羽根の間の空気力学的相互干渉が揚力生成においてどのような役割を演じているか未解明のままである。そこで筆者らは、トンボの翼のスパン方向のある代表翼断面まわりの流れは、局所的に2次元流と仮定して、静止流体中で振動する2枚の2次元平板翼まわりの非定常粘性流れを2次元のナビエ・ストークス・コードを用いて解析した。その結果、2枚の翼の空気力学的な相互干渉は、トンボが機軸を水平に保ってホバーするために必要なストローク面方向の時間平均空気力の生成において本質的な役割を演じていること等が明らかになった(文献2参照)。図1に、打ち下し時におけるフローパターンの数値解析結果と実験結果との比較を示す。両者は定性的に良く一致していることが分かる。

fig1
図1 トンボの代表翼断面まわりの流れのパターン    [アニメーション]
(打ち下ろしの過程)


3.3次元非定常圧縮性ナビエ・ストークス・コードの開発

 基礎方程式は3次元圧縮性ナビエ・ストークス方程式である。任意の非定常運動を行う翼まわりの差分格子は以下の手順で生成する。すなわち、まず時間平均位置における翼まわりに主流方向にC型、スパン方向にH型の所謂C-H grid を代数的手法によって生成する。次に、任意の時刻のおける格子は、すでに求めた時間平均位置における格子の全体を、翼の時間平均位置からのずれの分だけ単純にシフト(平行移動)させることによって生成する。格子数は今のところ、主流方向 240 点、翼面および wake に主直方向31点、スパン方向19点である。このような手法をとることによって、各時間ステップごとの格子生成時間を大幅に短縮することができる。翼面上の境界条件には no slip 条件を与える。差分スキームとしては、Yee and Hartenの TVD スキーム(文献5参照)を用いている。また、レイノルズ数が 105 以上の計算では、Baldwin & Lomax の乱流モデル(文献6参照)を用いている。



3.1 3次元羽ばたき翼まわりの非定常粘性流の数値シミュレーション(参考文献3参照)

 鳥は長い進化の過程を経て最適化が進み、ある種の鳥は高い推進効率で飛行していると考えられている。鳥は、航空機とは異なり、自重を支えるための揚力と抵抗に打ち勝つための推進力を同時に、羽根の羽ばたき運動によって生成しなければならない。このような羽ばたきによる揚力と推進力の生成メカニズムを明らかにすべく、過去に多くの理論的、実験的研究がなされてきたが、そのメカニズムは十分に解明されたとは言えない。理論的研究としての3次元羽ばたき翼の解析は、もっぱらポテンシャル流の仮定に基づくものである。しかしながら、翼の羽ばたきによって生じる有効迎角は容易に失速迎角を越える(特に自重を支えるための(時間)平均揚力と推進力を同時に生成する場合、打ち下ろしの過程で)。このため、ポテンシャル流の仮定に基づく従来の理論には限界があり、鳥の高効率推進のメカニズムを解明するためには、粘性を考慮した解析、すなわち、ナビエ・ストークス・コードを用いた解析が不可欠である。筆者らが知る限り、鳥を対象とした3次元羽ばたき翼の3次元NS シミュレーションは皆無である。鳥は自重を支えるためには、時間平均揚力も推力と同時に生成しなければならない。時間平均揚力と推力を同時に生成しようとした場合に、どのようなことが問題となるかを示す例として、図2に示すような平面形および翼型を持つ鳩の羽根のケースについて計算を行った。図2は、Nachtigall & Wieser(文献8を参照)によって、実際の鳩について計測されたものである。


fig2
図2 鳩の翼の平面形と翼型
Nachtigall & Wieser(文献8を参照)

特徴的なことは、通常の航空機の翼には見られない、大きなキャンバーを持つ翼型になっていることおよび図の右側に数値が示されているように(一見奇妙な)幾何学的捩じり上げ分布を持っていることである。図3に、有効迎角が最大になるkt=πにおける流れのパターンを示す。70% セミスパン位置から先端にかけてかなり大きな剥離を生じていることがわかる。


fig3
図3 鳩の翼まわりの流れのパターン(打ち下ろしの過程)   [アニメーション]

今回の解析で高い推進効率を得ることと、高い(時間平均)揚力を得ることとは、相反する要求であること等が明らかになった(参考文献3参照)



4. 今後の課題

 2次元および3次元コードともに高レイノルズ数の遷音速流のシミュレーションにおける数値安定性を大幅に改善する必要がある。ただし、2次元コードについては、現状のコードでも VPP5000 程度の計算機であれば、並列化を行うことなくレイノルズ数が 106 のオーダーのショック・ストール・フラッタ現象の数値シミュレー ションを20時間程度で行うことが可能である。今後、差分スキーム等の改善によって高レイノルズ数における数値安定性が大幅に改善できれば、2次元コードについては、並列化のメリットはあまり無いと思われる。しかしながら、3次元コードについては、スキームが改善されたとしても並列化を行って計算効率を上げる必要がる。本共同研究では、3次元コードの並列化までは実行できなかったので、この点が今後の課題として残る。


謝辞

 本研究を実施するに当たり、航空宇宙技術研究所のCFD技術開発センターの関係各位および九州大学工学部の山崎正秀氏、新本康久氏に多くの点で助けていただいた、ここに記して、感謝の意を表します。


参考文献
  1. 山崎正秀、内田武文、幸村逸磨、磯貝紘二、“2次元翼のショック・ストール・フラッタに関する研究、”日本航空宇宙学会年会講演集、2002年4月、pp. 117-120。
  2. Isogai, K., and Shinmoto, Y.," Study on Aerodynamic Mechanism of Hovering Insects," AIAA 2001-2470, 19th AIAA Applied Aerodynamics Conference, June 2001.
  3. Isogai, K. ,"Numerical Simulation of Unsteady Viscous Flow Around a Flapping Wing," Proceedings of the 2nd International Conference on Computational Fluid Dynamics," July 15-19, 2002, Sydney Australia.
  4. 福田正大、岩宮敏幸、中村孝、末松和代、吉田雅廣、磯貝紘二、“並列ベクトル計算機による非定常粘性流の数値シミュレーション技術に関する研究、”航空宇宙技術研究所、共同研究成果報告書、平成13年3月。
  5. Yee, H.C., and Harten, A.," Implicit Scheme for Hyperbolic Conservation Laws in Curvilinear Coordinates," AIAA Paper 85-1513, 1985.
  6. Baldwin, B.S., and Lomax, H.," Thin Layer Approximation and Algebraic Model for Separated Turbulent Flows," AIAA Paper 78-257, AIAA 16th Aerospace Sciences Meeting, Huntsville, Alabama, Jan. 16-18, 1978.
  7. Isogai, K., Shinmoto, Y., and Watanabe, Y.," Effects of Dynamic Stall on Propulsive Efficiency and Thrust of Flapping Airfoil," AIAA Journal, Vol. 37, No. 10, Oct. 1999, pp. 1145-1151.
  8. Nachtigall, W., and Wieser, J.," Profilmessungen am Taubenflugel," Zeitshrift fur Vergleichende Physiology 52, 1966, pp. 333-346.
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