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一般報告

宇宙往還機開発のための数値風洞によるシミュレーションの成果と展開

航空宇宙技術研究所
CFD技術開発センター 統合解析グループ

山本行光

1.はじめに

 再突入飛行システムに関する、NWT(数値風洞)による数値シミュレーションの果たした役割と成果について報告する。特に、宇宙開発事業団との共同研究として実施した、HOPE−X、HYFLEX、OREX、及びHSFD等の一連の研究成果についてその概略をまとめ、今後の新たな再使用宇宙輸送システムへの応用と展開について記す。

2.HOPE−Xの研究
2−1 設計解析

 HOPE−Xの研究は、1987年から、いわゆるティップフィン形態の空力特性の研究が開始されている。我が国では初めての有翼再突入技術試験機ということもあり、低速から極超音速に至るまでの風洞試験と数値シミュレーションがNWT以前のVP400大型計算機により実施された。その後、ティップフィン形態というユニークな形状から、全ての速度領域で設計要求を満足する空力特性を求めるため、様々な修正形状に対するパラメトリック計算がNWTを用いて行われた。1993年に導入されたNWTは数千ケースにものぼる、まさに大量の計算を処理するためにはうってつけのシステムであり、空力設計に多大な貢献を行ったという事例を残すとともに、実験と計算との様々な検証成果も得られた。
 図1にティップフィン形態の代表的な形状例を示す。各形状に対してマッハ数、迎角、横滑り角、空力舵面操舵特性等の様々なデータを提供し、基本形状決定に重要な役割を果たした。
 上記一連の数値シミュレーション結果と海外の風洞試験設備で行われた実験結果はいずれの試験ケースにおいても定量的に極めて優れた一致を示したことから、シミュレーションへの信頼性が高まり、基本形状の空力設計をあらかじめCFDで大量に行い、その中から最も特性のよい形状を選び風洞試験を行うというプロセスが組まれるようになった。これにより、数多くの風洞試験模型を作り、その結果を吟味して次の設計に入るという、時間と労力を節約し、設計を効率的かつ迅速に行った。




 典型的な例として、HOPE−Xの形態が、1999年に重量軽減という技術的な要求に基づき、従来のティップフィンから双垂尾形態へ転換した設計プロセスがあげられる。この際には、1年間で800ケース以上の形状設計解析がCFDで実施され、設計要求期限に対するすばやい対応を達成することができた。この際の双垂尾形態の設計形状例を図2に示す。でき上がった機体がHOPE高速飛行実証試験機の形状母体であるHOPE−11形状である。
 HOPE−Xの形態は昭和61年のHOPE−61形態から出発して、平成11年のHOPE−11形態に集約されるまで様々な試行錯誤が試みられ、この間に数値シミュレーションの実績と経験が積み上げられたことは、NWTの果たした役割とともに特筆すべきことである。このような設計作業において重要なことは大量の計算結果を、実験結果を見る前に設計チームに引き渡し、設計チームによる実験との比較評価を通して信頼性が築かれているという点である。ある特定のケースにおいて優れた結果を出す最新の研究成果またはプログラムは、往々にして問題点を内包し、一般性を持つようになるには10年間のスパンでの、医学でいえば臨床応用にあたる過程を踏まなければならない。これは風洞試験と実飛行試験との間の相関を永年の実績から類推するのと同様な関係にあると考えられる。この意味でNWTの大量のパラメトリック計算は、単に計算を実行したという観点からみるものではなく、数値シミュレーションの信頼性に一般性を与えたという意味において、その重みは大きい。




2−2 実在気体解析

 有翼機形態の再突入飛行時において、最も困難な課題の一つは、極超音速時における大迎角飛行を可能とするための空力設計と考えられる。特に数万度以上にものぼる高温環境下での実在気体効果は、機体のトリム能力にも大きな影響を及ぼし、この正確な評価は極めて重要である。実在気体効果評価のための化学反応流コードは、一方で化学反応の成分数に見合うだけのメモリー要求が課されることから、NWTのような大規模な計算を可能とし、かつ計算速度に対する要求を満足する分散処理システムは、新たなシミュレーションの可能性を開いた。特に地上の試験設備では達成できないマッハ数20以上の飛行環境を推定することは再突入飛行の空力設計や耐熱システムの構築において最重要課題の一つであり、HOPE−Xの解析はもちろんのこと、検証のための、高エンタルピ風試や、スペースシャトルとの実飛行データとの比較を通して、現在では、熱空力特性の的確な評価が可能なレベルと考えている。図3に、代表例として、HOPE−Xのマッハ数26、迎角α=30°、40°、50°での非平衡化学反応流コードによる実在気体計算結果を示す。







3.OREX/HYFLEX再突入飛行実験評価

 OREX(Orbital Re-entry Experiment)は、我国の宇宙往還輸送システム開発のための基礎データを得ることを目的とした、最初の大気圏再突入飛行を行った実験である。実験機は平成6年2月4日に、種子島宇宙センターからH−II飛行実験データを取得して、実験を無事終了した。
 HYFLEX(Hypersonic Flight Experiment)実験機は、平成8年2月12日に種子島宇宙センターからJ−1ロケットの初号機によって打ち上げられ、これも我国で最初の極超音速揚力飛行を実施した。
 このようなOREX、HYFLEX再突入飛行における熱空力環境の厳密な評価解析を行うため、有限要素法を用いた熱応答解析プログラムとCFDを連成させ、飛行軌道に沿った耐熱構造システムの温度上昇解析を実施した。

3−1 OREX
 OREXは半径1.35mの球頭部に半頂角50°のコーン部が接続し、肩の曲率半径が100mmの軸対称の鈍頭カプセル形状で、最大直径は3.4mである。
 図4に外部の流れと内部TPSの温度分布を示すが、実在気体コードによる空力加熱計算と内部のFEM熱伝導解析を連成させることにより、ほぼ完全に中央部のC/Cノーズキャップ、及び周辺部の耐熱タイルの温度上昇を再現することに成功し、いわゆる多分野統合シミュレーションの有効性を示すことができた。




3−2 HYFLEX

 HYFLEXの再突入飛行軌道に沿ったCFD/FEM連成シミュレーション結果を図5に示す。
 HYFLEXは、高度110kmの地点から、マッハ数15、迎角49°の姿勢で大気圏に再突入し、飛行時刻300秒で、高度32km、マッハ数は3.0まで減速した。
 HYFLEXに関しても、連成シミュレーションはTPS表面での全ての温度、及び圧力計測点で優れた同定結果を示した。さらに図6に見られるように、内部アルミ構造部材の温度解析も実施するとともに、C/Cノーズキャップ部では、ノーズキャップ裏面から内部への輻射加熱の影響も評価し、最高温度にして100ケルビン程の差が生じることを解明した。
 現在、HYFLEX胴体ベース部に取付けられているエレボンまわりの熱構造解析を進めるため、完全全機形状に対する計算を完了し(図7(a))、舵面操舵時に生ずるエレボンまわりの過酷な空力加熱環境の評価を行う予定である。また、NAL/ONERA共同研究の一環としてF4高エンタルピー風試対応解析も実施し、地上試験設備と実飛行実験データとを関連づける研究も進めている(図7(b))。
 一般に、このような実飛行実験評価では、CFDとFEMそれぞれの計算にかかる時間が大幅に異なることから、計算機同士の連携が難しく、また、NWTといえども最終の目標とする非定常シミュレーションは多くの処理時間を必要とし、新システムNSVによる大幅な改善とリアルタイム可視化等による連成解析結果検討のための利便性の強化が期待される。










(a)完全全機解析 (b)ONERA F4対応 高エンタルピー風試

図7 HYFLEX エレボン部を含む完全全機解析と対応高エンタルピー風試

4.HOPE高速飛行実証空力解析

 HOPE高速飛行実証Phase IIでは、2003年スウェーデンのエスレンジ実験場で、バルーンからの投下による遷音速飛行試験を行う予定である。形状は基本的にHOPE−Xの25%スケール(全長およそ3.4m)であり、NAL/NASDA、及びフランスCNESとの共同研究として実施される。実験機はバルーンによって高度30km付近まで上昇し、そこから自由落下によって遷音速まで加速し、機首を持ち上げて水平飛行に入り、空力特性に関する種々のデータを取得する。実験の目的の一つは、一連のHOPE−X空力特性評価の過程において、最も不確定性の高いとされた遷音速領域の風洞、CFD、及び飛行実験の3つの手法による空力特性予測精度の向上である。
 HOPE高速飛行実証遷音速空力特性解析ではマッハ数0.8、1.05、1.2の飛行実験マッハ数で、迎角α=−5°から15°の範囲で事前のCFD評価解析を実施し、遷音速風洞試験結果との圧力、力等の一連の比較も行った。
 図8に風洞試験モデル及びCFD解析例としての三次元流線図を示す。実験形状がHOPE−Xの形態と異なる主な点はノーズ部からエアーデータセンター用のブームが取り付けられていることで、センサー部にノーズ部の影響が現れるかどうかの詳細な確認計算も実施された。また、ベース部のスティング干渉効果、及びエレボン操舵特性等、広範囲な設計/検証計算もNWTによるパラメトリック解析を通して遂行され、設計側の要求を満たすデータの提供を行った。
 今後の研究課題は、ベース部分の非定常剥離流を如何に精度よく捉えるかという点に集約され、格子解像度を上げた計算とともに大規模なLES解析を考慮した展開も進める必要があろう。



図8 HOPE高速飛行実証遷音速空力特性シュミレーション

5.Lifting Body型再突入実験機空力解析

 欧米では、スペースステーションからの乗員帰還のための小型の大気圏再突入宇宙機(X−38)計画が進められてきたが、このような小型のリフティングボディ形態による再突入飛行の可能性を探るため、当研究所でも、新たな独自の形状による空力特性の研究が開始された。
 このようなリフティングボディ形態の再突入機の利点は、ボリューム効果が高く、耐熱システムを設計する上でも、スペースシャトル等の有翼機形態に比べて設計が容易になり、サイズを小型化できる点である。しかしながら、遷音速域を中心として、空力安定性が悪くなり、縦トリムを取りにくくなることが大きな課題として残される。本解析では、このような問題点を詳細に調べ、より飛行特性のよい、空力形状を設計するため、CFDによるパラメトリック計算を実施し、合わせて、航技研の遷・超音速風洞試験との比較を通してCFD検証を行った。
 図9にCFD解析の代表例として三次元流線図をまた、オイルフローとの比較結果を図10に示す。設計解析では、これまでにおよそ800例程の計算ケースが遂行され、実験結果との一致も良好で、NWTの有効性が発揮される場となった。





fig10c

6.将来性再使用TSTO宇宙輸送システムのための極超高速流解析と多分野統合シミュレーション

 将来型再使用宇宙往還機の有力は候補としてTSTO(Two Stage To Orbit)2段分離式の有翼機が考えられている。このようなシステムの開発にあたっては、極超音速飛行に特有の衝撃波干渉の空力特性に与える影響を詳細に見積もることが重要で、また、TSTO分離時における非定常空力特性の把握がキーテクノロジーの一つとなる。
 図11は、このような形態でのマッハ数10におけるシミュレーション例を、また図12には、対応する極超音速風洞試験モデルを示す。今後、非定常運動を追跡可能な飛行運動/空力連成解析コードの開発を進め、TSTOの最も困難な課題の一つである分離問題の解明に向けた研究を、新計算機システムNSVを駆使して、展開していく予定である。さらに、図13に見られるようなノズルからの推進プルームの影響評価も取り込んだ、完全なTSTO非定常分離運動の高度な再現システムの構築に向けて、多分野統合シミュレーションコードの開発を進めてゆきたい。







まとめ
 HOPE−X等を中心とした、宇宙往還機関連の研究に果たしたNWTの役割と成果、及び今後の課題について概観した。数値シミュレーションはまさにNWT等の計算機の発展とともにその実用性を急激に増加させ、また同時期のHOPE−Xプロジェクト、OREX/HYFLEX飛行実験等の宇宙輸送システム開発側からのニーズに的確に対応してきた。以上の数値シミュレーションの役割を大別してみると、1) 空力設計、2) 風洞試験、及び飛行実験等の現象の解明、の2つに分類されよう。2) の項目では、乱流や、実在気体効果解析における化学反応モデル等の物理モデルや、計算スキーム等のシミュレーション技術固有の問題を検証課題として捉えるとともに、1) の項目ではより高精度なデータの提供という責務があると感じる。いずれにせよ、今後の展開として、大規模数値シミュレーションと多分野統合シミュレーションは、新たな計算機システムを活用する際のキーワードになると考えられる。



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