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一般報告

超音速輸送機(SST)設計におけるCFDの利用

航空宇宙技術研究所
次世代超音速機プロジェクトセンター空力設計グループ
牧野好和


 現在、航空宇宙技術研究所で進めているSSTプロジェクトでは、次世代超音速機開発に必要となる経済性と環境適合性に関する課題を、CFDを利用した空力設計技術を用いることにより解決しようと研究を進めている。以下にそれぞれの課題解決の鍵となるテーマに関して、研究の現状と今後の見通しについて述べる。

1.低抗力機体形状設計

 次世代超音速機の市場性成立に最も重要となるのは航空機の輸送効率である。輸送効率を上げるには巡航時の機体の抗力を最小化する必要があり、従来は線形理論とデータベースを用いた経験則、そして風洞試験によって設計が行われていた。本プロジェクトで開発した機体設計ツール中で用いられるCFDは、線形理論よりも空気力推定精度が高く、風洞試験にかかるコストと時間を大幅に節約することが可能である。CFDで解く流体の支配方程式には計算効率の点から非粘性のEuler方程式を用いるため、主として超音速機の圧力抗力の低減が主眼となる。また、CFD解析で最も時間がかかると言われるのは計算格子生成であるが、機体形状を修正するたびに計算格子全体を作り直すのは効率が悪いため、重合格子法1)により各機体要素ごとに格子を生成している。本機体設計ツールは勾配法による最適化手法を基礎としているが、勾配法では目的関数の各設計変数に対する感度を求める必要があり、CFD最適設計では(片側差分で求める場合)設計変数の個数回のCFD解析を行わなくてはならず、広い設計空間で最適設計を行うことは困難である。そこで本ツールでは差分で感度を求める代わりに、変分法を利用したAdjoint法2)を用いることにより設計効率を上げている。Adjoint法では、流体の支配方程式を拘束条件として目的関数に取り入れたAdjoint方程式を1回解くことにより、CFD解析1回分とほぼ同等の計算時間で、全ての設計変数に対する目的関数の感度を一度に求めることが可能である。本設計ツールは現在既に小型超音速ジェット実験機の基本設計において抗力最小化設計に適用されている。図1には初期形状に対して、胴体とナセル後部形状を最適化した設計例を示す。胴体最適化により機体/ナセル干渉抗力のもととなるナセル前方部側面の高圧部が消え、ナセル後部形状最適化によりナセル後部圧力抗力を生み出す後部負圧領域が狭くなっているのが分かる。



(a)初期形状

(b)最適形状

図1.最適化設計例(機体表面Cp分布、小型超音速ジェット実験機)


2.低ソニックブーム機体形状設計

 ソニックブームは1960年代のSST開発の時代からSST環境適合性の鍵として認識され、その推算法や低減法が研究されてきた。その基礎となっているのはやはり線形理論であり、WhithamのF関数法3)がソニックブーム推算の代表的手法である。そしてF関数法から導かれるソニックブーム低減手法として、機首を鈍頭にして強い衝撃波を発生させ後方の衝撃波との統合を抑えることが考えられたが、低抗力設計と矛盾するためトレードオフが必要となった。その後、Dardenの機首鈍頭度緩和低ソニックブーム設計法4)が提案されているが、経済性と環境適合性を両立させる機体設計法は未だ確立されていない。本プロジェクトにおいては、Dardenの設計法をベースとしながら、従来の軸対称胴体設計を非軸対称に拡張することにより低抗力/低ソニックブームの機体設計を提案し、CFD解析による機体近傍場圧力波形推算とThomasの波形パラメータ法5)による地上ソニックブーム波形推算とを組み合わせて、設計手法の妥当性検討を行っている。図2(a)にはジェット実験機の概念形状(低抗力機体形状)に対して機体近傍場圧力波形を求めるために実施したCFD解析結果と、その形状に非軸対称胴体を適用し低抗力/低ソニックブーム設計した形状を、従来の軸対称胴体低ソニックブーム機体形状と比較して示す。また、これら3形状に対する機体近傍場及び地上圧力波形の比較を図2(b)に、CFD解析による抗力比較を図2(c)に示す。非軸対称胴体設計により、低ソニックブーム性を維持したまま抗力レベルを低抗力機体並みに低減できているのが分かる。


  低抗力機体形状
 低ブーム機体形状
 低抗力/低ブーム機体形状


(a)近傍場CFD解析例と非軸対称低ソニックブーム機体設計








(b)機体近傍場及び地上圧力波形比較




(c)揚抗曲線比較


図2.低ソニックブーム設計例

 上記のSST設計におけるCFD利用で有効であった重合格子法は、複数の計算格子間でデータの内挿を行うため格子密度が計算精度に大きく影響するが、CFD最適設計では設計が収束するまでに少なくとも数十回のCFD解析が必要となるため格子点数に制限があり、現在はまだ機体/ナセル間の衝撃波干渉を正確にシミュレートするには不十分である。さらに、互いの格子データを常に参照する必要があるため分散型メモリの並列計算機ではその性能を十分に活用できていない。次期計算機においてはある程度大規模な共有メモリの並列計算ができるため、さらに高精度で自由度の高い設計が可能になると期待される。また、低ソニックブーム設計では機体近傍場での圧力波形を正確に推算するため、機体表面だけでなくある程度離れた位置でも格子密度を高くする必要がある。今後は、今までの様に近傍場圧力波形を求める順問題だけでなく、目標近傍場圧力波形を与えて機体形状を決定する近傍場逆問題と機体の抗力最小化設計を組み合わせることを考えると、やはりCFD最適設計でどの程度自由度のある設計ができるかは計算機の性能に大きく依存していると言える。


参考文献
  1. J.A.Benek, P.G.Buning and J.L.Steger, ‘A 3-D Chimera Grid Embedding Technique,’ AIAA85-1523, 1985.
  2. A.Jameson, ‘Optimum Aerodynamic Design Using CFD and Control Theory,’ AIAA95-1729-CP, 1995.
  3. G.B.Whitham, ‘The Flow Pattern of a Supersonic Projectile,’ Communications in Pure and Applied Mathematics, Vol.5, No.3, pp.301-348, 1952.
  4. C.M.Darden, ‘Sonic-Boom Minimization with Nose-Bluntness Relaxation,’ NASA TP-1348, 1979.
  5. C.L.Thomas, ‘Extrapolation of Sonic Boom Pressure Signatures by the Waveform Parameter Method,’ NASA TN D-6832, 1972.
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