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一般報告

進化的アルゴリズムを用いた三次元翼の空力最適設計

東北大学大学院工学研究科
大山聖、大林茂、中橋和博

航空宇宙技術研究所
中村孝


1.研究の背景

 昨今のCFDの研究においては、CFDコード開発に関する基礎研究は成熟の域に達しつつある。その一方でCFDを用いた空力最適化等の応用分野は、新しい研究分野であり今盛んに研究がなされている。その中でも、CFDと数値最適化法を組み合わせることにより可能となる設計プロセスの自動化に関する研究は、航空機産業等にとって開発コストの大幅な低減や開発期間の短縮を実現することが可能であるため、現在最も注目を集めている研究分野の一つである。 進化的アルゴリズム(EA)は、自然淘汰のメカニズムを模倣し、複数の設計解候補からなる集団を評価、選択、交叉、突然変異のオペレータを用いて進化させ最適解を得る、新しい最適化アルゴリズムである(文献1参照)。勾配法と違い局所勾配を用いず多点探査を行うので、大域的な最適解を得ることができる、並列化が容易である、評価計算のコードとのカップリングが容易である、などの利点を持ち、空力最適化に適した手法であると考えられる。 空力最適化に用いられるCFDコードには様々なものがあるが、Navier-Stokes(N-S)コードは粘性や圧縮性の影響を考慮し、正確に空力評価することができるため、一番望ましい計算方法である。しかしながら、N-S計算は計算時間を多く必要とするため、多くの設計候補の評価を必要とするEAを使って空力最適化を行うためには、最新のベクトルコンピュータを用いても莫大な計算時間が必要である。このことから、1996年当時、進化的アルゴリズムの翼の最適化問題への適用は2次元問題に限られていた (文献2, 3参照)。 そこで著者らは、1993年に航空宇宙技術研究所へ導入された世界で最初の分散主記憶型並列計算機数値風洞(NWT)を利用して、EAと3次元N-Sコードを用いた亜音速翼(文献4参照)、超音速翼(文献5参照)、および遷音速翼(文献6参照)の形状最適化を試みた。本報告書では、これらの研究の成果について報告する。
 

2.進化的アルゴリズム

 本研究で用いられたEAは、ランキング選択とStochastic Universal Sampling (SUS)選択を組み合わせた選択を行い、エリート戦略を採用している。交叉の方法には様々な方法が提案されているが、本研究では多点交叉(亜音速翼設計)、多点交叉+進化方向オペレータ(超音速翼設計)、あるいはブレンデッド交叉(遷音速翼設計)を用いた。個体群の多様性を保つため、交叉によって得られた子の遺伝子に対して突然変異を与えている。設計変数のコード化には実数コーディング法が用いられた。最適化の効率を向上させるため、遷音速翼設計には実数領域適応型遺伝的アルゴリズム(ARGA)と構造化コーディング法が用いられた。個体群サイズは64とし、初期集団はランダムに発生させている。

3.翼の空気力学的評価と並列化

 翼の空気力学的評価に使われた3次元レイノルズ平均Euler/N-SコードはTVD型の上流差分法及びLU-SGS陰解法を用いている。必要な計算時間を短縮する為、多重格子法を適用した。計算格子は流れ方向にC型、翼幅方向に対してH型の構造格子を用い、それぞれの翼について代数的手法によって生成した。各世代の個体群の空力評価はNWTの64台のプロセッシングエレメントを用いて並列に行われた。進化アルゴリズムを用いた最適化コードのNWTを用いた並列化は容易であり、1回の空力評価にかかる計算時間がおよそ1時間であったのに対して、進化的アルゴリズムの各オペレータにかかる時間は1秒以下であったので、並列化効率も非常に高く計算時間はほぼ1/64に短縮された。

4.亜音速翼の空力最適化

 マッハ数0.6における亜音速翼の翼揚抗比(L/D)の最大化を行った。構造的制限を考えずに翼揚抗比最大化を行うと、翼は抗力を減らすため翼厚をゼロにする方向に進化していくと考えられるが、翼厚のない翼は揚力によって発生する曲げモーメントに耐えられない事は明らかであり、こうして得られた最適解は実用的ではない。このため、最大翼厚比に対して最小限の値(許容最大翼厚比)を与える必要がある。本研究では翼と翼幅方向の揚力分布をそれぞれ片持ち梁と集中荷重に単純化し、翼幅方向の揚力分布からモーメント分布及び翼の応力分布を求めて、それがAI合金材2024-T351の許容応力をこえると翼の適応度に対してペナルティを課した。 翼幅方向の最大翼厚比分布及びねじり角分布は翼の性能を決定する上で重要な要素である。よって、翼断面形状をNACAの5桁翼型で与え、最大翼厚比およびねじり角の翼幅方向分布を最適化した。翼の平面形は典型的な旅客機の翼平面形を用いた。 50世代の最適化後に得られた翼の最大翼厚比の翼幅方向分布を第1図に示す。最大の許容最大翼厚比は翼の33%スパン長にあるキンク部分に存在し、最適化された最大翼厚比は許容最大翼厚比をこの部分でわずかに上回るように分布している。これにより、制限関数が機能して翼厚が不必要に薄くなることを制限している事が分かる。





図1 最適化された翼の翼幅方向最大翼厚比分布

第2図に翼幅方向揚力分布を示す。理論的に、構造的な制限を加えた場合は揚力が放物型の分布のとき誘導抵抗が最小となる事が知られている(文献7参照)。図から得られた最適翼の揚力分布は放物型になっており、誘導抵抗が最小化されるように翼の最適化がなされたことが分かる。また、第3図に見られるように、最適化された翼上面の等圧線は翼幅方向にほぼ平行に連なって、流れ場は近似的に2次元となっている。流れの剥離も見られていない。




図2 最適化された翼の翼幅方向揚力分布




図3 最適化された翼の上面等圧線図

以上のことから、このアルゴリズムで得られた翼は存在する理論や実験結果から導かれた設計方針を満足しており、従来の設計法においても、最適な翼になっていることが示された。

5.超音速翼の空力最適化

 ここでは巡航マッハ数2.3における超音速翼のL/Dの最大化を行った。ただし、揚力係数は0.1になるように、また翼厚は0.35より小さくならないように制約条件を与えている。揚力係数の制約条件は、揚力係数が迎角に対して比例することをもとに翼根の迎角を変えることにより満たされている。粘性抗力は翼平面面積によってほぼ決定されることから、ここではオイラー計算を空力評価に用いることとした。翼断面形状は拡張ジューコフスキー変換を用いてパラメータ化された。翼平面形状はダブル・デルタ翼とした。 ここで評価される全抗力は体積造波抵抗、揚力造波抵抗、および誘導抵抗から成る。これらの抵抗要素の中で揚力造波抵抗は翼平面形状によってほぼ決定される。よって、最適解は体積造波抵抗と誘導抵抗を最小化する形状をもつはずである。 最適化の結果、50世代の進化で77.7カウントの抗力係数をもつ形状が得られた。各設計候補の空力評価にかかる計算時間はほぼ1時間であり、最終的な形状は50時間で得られた。図4に示された最適解の翼幅方向揚力分布は誘導抵抗を最小化するため亜音速翼形状最適化で得られた解と同様に放物型分布を示している。さらに、体積造波抵抗を最小化するため得られた解は翼根から翼端まで制約条件に許される最小の翼厚をもった。これらのことから進化的アルゴリズムにより得られた解は大域的な最適解であることがわかる。


fig4


図4 最適化された翼の翼幅方向揚力分布

6.遷音速翼の空力最適化

 ここでの設計目的は巡航マッハ数0.8における遷音速翼のL/Dの最大化で、揚力による曲げモーメントに耐えうる最小翼厚以上の翼厚を保つように制約条件を加える。必要最小翼厚を求める為、翼の構造を薄壁からなる箱型梁でモデル化し、箱型梁の表面パネルが曲げモーメントを負担すると考えて応力分布を求めた。これがAl合金材2024-T351の許容応力を超える個体に対してペナルティを課した。 翼の平面形は亜音速翼設計と同じ典型的な旅客機の翼平面形を用いることとした。翼断面形状はPARSEC翼型によりパラメータ化された。 計算の結果、65世代で18.91のL/Dを持つ解が得られた。図5は得られた解が構造的制約条件を満たしつつ造波抵抗を最小化するため翼圧を最小化させていることを示している。図6に翼幅方向揚力分布を示す。得られた解の揚力分布は最適化された亜音速翼や超音速のような放物型にはならず、翼の曲げモーメントを減らす為により直線的な分布となった。実際、同じ揚力で放物型の揚力分布を持つ翼形状は18%以上の翼厚がキンク部分で必要であり、このような翼は大きな造波抵抗を持つであろう。このことから、得られた解の直線的な揚力分布は誘導抵抗と造波抵抗を合わせた抗力を最小化する分布であると考えられる。図7に得られた翼の翼断面形状と圧力分布を示す。得られた解は強い衝撃波や流れの剥離は伴わず、造波抵抗と圧力抵抗が最小化されている。圧力分布はスーパークリティカル翼型に典型的な分布を示している。これらのことから得られた解は大域的な最適解であることが示された。


図5 最適化された翼の翼幅方向最大翼厚比分布

図6 最適化された翼の翼幅方向揚力分布








図7 最適化された翼の翼断面形状と圧力分布

7.まとめ

 EAは目的関数に微分可能性を必要としないなどの様々な優れた特徴を持つ最適化手法であるが、必要とする評価計算の回数が多い為、空力最適設計などに用いられた場合には計算時間が問題になっていた。しかしながら、航空宇宙技術研究所にNWTが導入されたことにより、EAを用いた本格的な空力最適化が可能となり、本研究により3次元N-S解法とEAを組み合わせた最適化手法が亜音速翼、超音速翼、及び遷音速翼の3次元形状最適化に有効であることが確かめられた。今後さらにコンピュータ環境が発展していけば、EAを用いた翼・ナセル形状や航空機全機の空力最適化、あるいは構造や推進系も考慮した複合最適化などが可能となるであろう。

参考文献

  1. 坂和正敏,田中雅博; 遺伝的アルゴリズム, 朝倉書店, 東京, 1995.
  2. D.Quagliarella, A.D.Cioppa; Genetic Algorithms applied to the Aerodynamic Design of Transonic Airfoils, AIAA-94-1896-CP, 1994.6.
  3. C.Poloni, G.Mosetti, S.Contessi; Multi Objective Optimization by GAs: Application to System and Component Design, Proceedings of the Third ECCOMAS Computational Fluid Dynamics Conference, John Wiley & Sons, Ltd, Chichester, U.K., 1996, pp.258-264.
  4. 大山聖, 大林茂, 中橋和博, 中村孝; 遺伝的アルゴリズムを用いた三次元翼の空力最適化, 日本航空宇宙学会誌, 第46巻, 第539号, 1998年12月pp.682-686.
  5. A.Oyama, S.Obayashi, K.Nakahashi, T.Nakamura; Euler/Navier-Stokes Optimization of Supersonic Wing Design Based on Evolutionary Algorithm, AIAA Journal, Vol.37, No.10, 1999, pp.1327-1328.
  6. A.Oyama, S.Obayashi, T.Nakamura; Real-Coded Adaptive Range Genetic Algorithm Applied to Transonic Wing Optimization, Applied Soft Computing, Vol. 1, No. 3, 2001, pp. 179-187, www.elsevier.com/locate/asoc.
  7. R.T.Jones(麻生茂,拓殖俊一訳); 翼理論, 日刊工業新聞社, 東京, 1993.
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