タイトル
トップページご挨拶一般報告開発にまつわる話写真集著作権お問い合せ

一般報告

数値風洞を用いた高解像度世界海洋大循環モデル実験

地球フロンティア研究システム
鍵本崇、升本順夫、山形俊男


1.はじめに

 流体の変動現象を数値モデルで表すためには、時空間規模のオーダーの異なる多くの現象を統一的に扱うことができ、かつそれらの現象間に見られる依存関係や相互作用をモデル内で表現させることが必要となる。従来の流体モデルでは、計算機資源の制限から、構造物周りの流れと微小乱流とを同時に扱うことが困難であった。同じ方程式系を扱う海洋循環シミュレーションにおいても同様の困難が付随し、したがって、大洋規模の循環系と中規模渦と呼ばれる渦乱流混合過程に寄与する現象とを同時に取り扱うことが難しかった。本研究では、計算機資源の制約を回避するために数値風洞を利用し、従来困難とされてきた海洋中の異なる時空間規模現象の相互作用の理解を目指した高解像度の全球海洋循環シミュレーションを行う。そして海洋における中規模渦活動に伴う乱流拡散過程が重要となる海域を同定し、そこでの中規模渦と海流系との相互作用のプロセスを明らかにする。
 

2.数値モデル

  数値風洞に適用する海洋大循環モデルとして、プリンストン大学で開発されたプリンストン大学海洋大循環モデル (POM) を採用した (Mellor, 1992)。POMは球面回転系上のナビエ・ストークス方程式を有限差分法で離散化したモデルであり、海洋の流れ場、水温・塩分場、および海面高度を主な予報変数としている。  計算海域は北極海を除く南緯70°から北緯65°までの全球海洋である。水平格子間隔は中規模渦を十分解像できる1/6°とし、鉛直には20レベル設けた。鉛直方向の格子間隔は一様ではなく、表層の海洋構造をよりよく解像できるような格子配置にした。年平均の水温・塩分場及び無運動状態を初期状態とし、米国環境予測センター (NCEP) の再解析データから求められた気候値の外力(運動量フラックス、熱フラックス)によって16年間積分を行った。

3.全球海洋の変動特性

 図1に数値モデルから得られた力学高度の変動を示す。これを見ると亜熱帯循環の西側、赤道海流系、南極周極流付近において力学高度の変動が大きいことがわかる。これらの海域は、強い流れによってシア不安定が生じ、したがって中規模渦の活動が活発となる海域である。人工衛星の海面高度計から得られた同様のものを図2に示す。全体的にモデルで再現された力学高度の変動は観測されたそれよりも小さい。しかし中規模渦の活発な亜熱帯循環西部、南極周極流域ではモデルと観測が酷似している。これはこのモデルによって中規模渦活動がよく再現されていることを意味しており、中規模渦と大洋スケールの循環との関係を調べる本研究にとって相応しい結果を得たものといえる。







4.インドネシア通過流と中規模渦との関係

 図3にこのモデルにより得られた西太平洋赤道域およびインドネシア海域の表層流速場と海面高度偏差の分布を示す。図3bに示された瞬間場には、西太平洋熱帯域の海流系とともに、図中A,B,C,D で示される多くの中規模渦の存在がわかる。これに対して、これらの中規模渦の時間規模に比べた十分長い期間にわたって平均した場で見てみると(図3a)、瞬間場で顕著に見られた渦がその姿を消し、単なる平均的な流れとなる海域と、平均場でも依然として中規模渦の構造を保っている海域とがある。後者の代表がCで示された時計回りの循環を持つハルマヘラ渦である。この渦はニューギニア北岸に沿って北西へ流れるニューギニア沿岸流がハルマヘラ島付近で反転し、北赤道反流と合流する際に励起される定在的な惑星波動に伴うものと考えられる。一方、前者の例は、フィリピン、カリマンタン、スラウェシ島に囲まれたスラウェシ海で顕著である。フィリピン東岸沿いを南下するミンダナオ海流が流入するスラウェシ海の東側、北緯3°、東経125°付近で低気圧性の循環を持つ渦が励起され(図3bのB渦)、その後この渦は西進し、スラウェシ海からマカッサル海峡へと伝わっていく。この低気圧性の渦は約40日周期で発生し、次々にスラウェシ海の奥へと西進していくため、長期間の平均としてみた場合には、1つの大きな反時計回りの循環がスラウェシ海に存在しているように見えるのである。これまでの断片的な観測結果から示唆されていた循環は、この年平均された場のようなものであった (Fine et al., 1994)。本モデルの結果は既存の循環像を描きかえるとともに、中規模渦の重要性を明瞭に示すものとなった。




 スラウェシ海はインドネシア通過流のメインルートの入り口にあたり、この海域での海流系の変動が通過流そのものの変動に影響を与えていると考えられる。実際、インドネシア海域の北側に位置する幾つかの海峡を通過する流量の時間変化を見てみると(図4a)、上述した渦活動に関連していると考えられる40〜50日周期の変動が大きく、モンスーンの影響による季節変動と同程度の振幅を持っていることがわかる。一方、インドネシア海域の南側に位置する海峡を通過する流量では、このような季節内擾乱に伴う変動は殆ど見られない(図4b)。この傾向は海面高度場の変動でも同様に認められる。図4cは海面高度変動のうちスラウェシ海の渦活動と同程度の30日から61日の周期帯の変動エネルギー分布を示している。スラウェシ海を中心としてインドネシア多島海域の北部に変動の大きな海域が広がっていること、また小スンダ諸島を中心とした南部ではこの周期帯の変動成分が非常に弱いことが明らかである。このことは、北部から入り込む季節内擾乱がインドネシア多島海域の内部で散逸していることを意味している。



 この海域では、潮汐混合が水塊の変質過程に対して重要であると考えられているが(Ffield and Gordon, 1992)、本モデルの結果から、この潮汐混合とともに季節内擾乱の散逸過程が水塊変質に影響を及ぼしている可能性が示された。

5.まとめ

 海洋中の異なる時空間規模現象の相互作用を理解することを目的として、高解像度の全球海洋循環シミュレーションを行った。気候値の外力で駆動した結果から、西部熱帯太平洋における低緯度西岸境界流域において中規模渦が活発に励起されていることがわかり、これと赤道海流系との関連について新たな知見が得られた。特にインドネシア多島海域では、この中規模渦に伴う擾乱の散逸過程が水塊変質に大きな影響を及ぼしている可能性が示唆された。インドネシア海域では僅かな水温変動が大気の対流活動に影響を及ぼし、全球の気候変動にまで影響を与える可能性を秘めており、このような擾乱による水塊変質過程を明らかにしていくことは今後の重要な課題となる。

謝辞

 本研究は航空宇宙技術研究所と地球フロンティア研究システムとの共同研究として実施された。その際に御尽力を賜わった、航空宇宙技術研究所の吉田正廣氏、福田正大氏、廣瀬直喜氏に感謝の意を表する。


参考文献
  1. Ffield, A. and A. L. Gordon, Vertical mixing in the Indonesian thermocline, J. Phys. Oceanogr., 22, 184-195, 1992
  2. Fine, R.A., R. Lukas, F.M. Bingham, M.J. Warner and R.H. Gammon, The western equatorial Pacific is a water mass crossroads, J Geophys. Res., 99, 25063-25080, 1994.
  3. Mellor, G.L., User’s guide for a three-dimensional, primitive equation, numerical ocean model. Program in Atmospheric and Oceanic Sciences, Princeton University, 35pp, 1992.
 トップページに戻るご挨拶一般報告開発にまつわる話写真集著作権お問い合せ

footer